スッラがローマへ進軍

その直後スッラがローマへ進軍し、民衆派の抵抗を受けたがローマ市を制圧。

紀元前83年に終身独裁官となり、政治的に対立する民衆派をプロスクリプティオに基づいて徹底して粛清した。

血縁としてマリウスに近く、またキンナの女婿であるカエサルも当然この処刑リストに名が載り、彼はあやうく殺されそうになった。

しかしこのとき、カエサルはまだ18歳で政治活動をしたことのない若者であったことから、スッラの支持者、果てはローマで大変敬意を表されているウェスタ神の巫女からまで助命嘆願が相次ぎ、スッラもこれにしぶしぶ同意する。

そのときスッラは「君たちにはわからないのかね。

あの若者の中には多くのマリウスがいるということを」と語ったと伝えられる。

代わりにスッラはキンナの娘コルネリアとの離婚を命じたが、カエサルは拒否し、スッラの追手から逃がれるため、紀元前81年に小アジア・ギリシアへ亡命した。

ローマから亡命したカエサルは属州での軍務に就く。

アシア属州のマルクス・ミヌキウス・テルムスのもとでシキリア属州駐屯の軍に籍を置き、そこでの業績で「市民冠」を授与された。
update:2010年02月25日